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バスカヴィル家の犬

バスカヴィル家の犬』(バスカヴィルけのいぬ、The hound of the Baskervilles)は、アーサー・コナン・ドイルによるシャーロック・ホームズシリーズの長編小説の一つ。『バスカービルの魔犬』などの訳題も用いられる。

ホームズの長編は4作あるが、この作品だけが2部構成を採っておらず、また登場人物の過去の因縁話がからむ箱物語形式も採っていない。

あらすじ

魔の犬の伝説がある富豪のバスカヴィル家で、当主のチャールズ・バスカヴィル卿が死体で発見される。表向きには心臓発作による病死と発表されたが、卿の死体のそばには巨大な犬の足跡があった。

ホームズは、事件の調査を、チャールズ卿の主治医であり、友人でもあるモーティマー博士から依頼される。子息のいないチャールズ卿の正統な後継者は、チャールズ卿の甥にあたる若きヘンリー・バスカヴィル卿一人である。しかし、モーティマー博士に伴われてロンドンにやってきたヘンリー卿の元に、バスカヴィルの館へ赴くことを警告する謎の手紙が届く。

ホームズは、ロンドンで別の事件に携わる必要があるといい、ワトスンが代わりにヘンリー卿の客人として入館に同行する。

委細ありげな執事のバリモアとその妻、脱獄囚のセルデン、近所に住む昆虫学者のステープルトンとその美しい妹ベリル嬢など、ワトスンは見聞きしたことをホームズに向けた手紙や自らの日記に綴る。バリモアとその妻の不審な行動は何故なのか、凶悪な殺人犯セルデンは何処へ潜んでいるのか、ベリル嬢はなぜ自分や、彼女に求婚するヘンリー卿にここを立ち退くよう懇願するのか。そして、自分が湿地帯ではっきり聞いた恐ろしい声は「魔の犬」の咆哮ではないのか……。

さらに、それらの誰でもない未知の人物が、身近に潜んでいることをワトスンは知る。

年代について

モーティマーがホームズの部屋に置き忘れたステッキに「1884」と年号が刻まれており、それを5年前といっていることから、事件が起こったのは1889年と考えるのが自然である。だが、1889年はワトスンが結婚生活に入っており、ホームズと同居していないため、矛盾が生じている。またホームズはかなりの著名人となっているが、現実の1889年までに公表された作品は『緋色の研究』のみである。

研究者によってこの事件の発生年はまちまちであり、1886年から1900年までいろいろな説が出ている。

執筆の経緯

1901年3月、ドイルは腸チフスの後遺症で悩まされ、ノーフォーク州クローマーで療養していた。その時にボーア戦争で知り合ったジャーナリストの友人、バートラム・フレッチャー・ロビンソンと再会し、ロビンソンの出身地ダートムアの黒い魔犬の伝説を聞いた。この伝説に着想を得て書き上げたのが本作である。このため本作の冒頭にはロビンソンへの献辞がある。ドイルは当初ロビンソンとの共著として、ホームズとは無関係の作品を書こうとしていたが、ロビンソンは共著を辞退した。そこでドイルはこの作品に登場させる主役を考案し、ホームズを主役とする案を思いつく。この案には1893年に『最後の事件』でホームズを死亡させているという問題点があったが、事件の発生年月を『最後の事件』以前にすることで、ホームズを主役とする作品として書き上げることにした。ドイルはストランド・マガジンの編集部に1000語につき100ポンドの原稿料を要求し、そのうち30%をロビンソンに渡している。この原稿料は従来の倍額であったが、これはホームズを再登場させたからという理由であった。

備考

  • 1893年に「最後の事件」で一度ホームズが葬られてから、8年ぶりで発表された新作だった。ドイルは、ホームズという役者がすでにいるのに、新しい役者を用意する必要もあるまいと思った、と語っている。しかし、この作品は(上述のような、年代にまつわる議論はあるものの)ホームズがライヘンバッハの滝へ転落する以前の事件を書いたものであるため、書店に押し寄せた読者は失望させられることになる。ホームズが本当の意味の生還を遂げるには、読者はもう数年を辛抱しなくてはならなかった。
  • 本作の刊行の翌年に、ドイルはナイト爵を受爵する。歴史的事実としては、これはボーア戦争の従軍記などの社会的活動に対して贈られたものだった。しかし、当時の誰もが、これはホームズを死の淵から復活させたことに対する恩賞であると信じた。この誤解は、現在でもまれに信じられている。
  • バスカヴィルの家名は、バーミンガムの印刷業者であったジョン・バスカヴィルに由来するのではないか、という説がある。

映像化

作品自体の人気に加えて、ダートムーアの景観を描いた紀行文学的要素や、「火を吐く魔犬」といった題材が好まれてか、ホームズものの長編の中でも映像化された回数は多い。どの作品も大幅にストーリーが省略・改変されていて、主要なキャラクターが登場しないものもあり(特にレストレード警部が省かれたものが多い)、「完全映像化」されたものはいまだ無い。

1939年のワーナー・ブラザース製作の映画は、ベイジル・ラスボーンが初めてホームズを演じた作品である。当時まだラスボーンのホームズ役に懐疑的だったワーナーでは、彼でなく魔犬を宣伝ポスターの中心に据えるなどしたが、その後1946年まで14本が製作される人気シリーズとなった。

1959年のハマー・フィルム・プロダクション制作のイギリス映画『バスカヴィル家の犬』では、ホームズをピーター・カッシングが演じた。カッシングがもともとホームズファンだったこともあって、その演技は絶賛された。ハマー・プロは怪奇映画で知られた映画会社であり、作中の演出の随所に怪奇映画的味わいが見られる。なお、同作でヘンリー・バスカヴィルを演じたクリストファー・リーは、のちにシャーロックとマイクロフトのホームズ兄弟を両方演じることになる。

1980年代からはテレビ向けの映像化が多い。1983年アメリカ製作のビデオドラマ版では『コナン・ドイルの事件簿』(2000年 - 2001年)でホームズのモデル=ジョゼフ・ベル博士を演じたイアン・リチャードソンがホームズ役である。 上記の2作品では普通の犬だった魔犬が、燐光のエフェクトを加えられて禍々しいイメージに仕上がっている。

ジェレミー・ブレットがホームズを演じた『シャーロック・ホームズの冒険』の映像化は1988年である。俳優のスケジュールでレストレードが登場せず、主演のブレットも残念がるコメントを残している。

2000年にはカナダでマット・フリューワー主演でドラマ化された。原作とはがらりと変わった、饒舌なホームズ像を演じた。

2002年にはイギリスでリチャード・ロクスバーグ主演でドラマ化されている。ホームズよりもワトスンが主役に近い描かれ方だった。魔犬はCGで表現されている。

2012年に放送された ベネディクト・カンバーバッチ主演の『SHERLOCK(シャーロック)』のシーズン2・エピソード2【バスカヴィルの犬(ハウンド)】では、舞台が現代という設定もあり、魔犬は軍事兵器の催眠ガス作用による幻覚という設定がされている。

2015年放送のNHKの人形劇『シャーロックホームズ』【第12・13回放送-バスカーヴィル君と犬の冒険】では、幼馴染のメアリー・モースタンと親しくする生徒(=ヘンリー・バスカーヴィル)の嫌がらせのために、ジャック・ステイプルトンが光る魔犬に変装して脅かしたという設定である。

劇画化

「映像化」とは言えないが、1970年代に日本で劇画化されたこともある。ページ数の関係からか原作冒頭の「モーティマー博士のステッキ」が彼からの手紙になっていたり、実際にダートムーア地方に赴くのがワトソン博士ではなく14歳の少年、カートライトになっていたりと言う少年少女向けの改変もいくつかある。作画は小室孝太郎、出版元は学研(タイトルも「のろいの魔犬」と改変されている)。

その他

  • 『名探偵コナン』の映画第6作『ベイカー街の亡霊』では、自宅にホームズがいない理由として、この事件が紹介された。また、この事件をモチーフにした事件も存在する。(原作70巻)
  • 『逆転裁判』シリーズの番外編『大逆転裁判』では、劇中で書かれた小説の1つとして登場する。『大逆転裁判』においてはホームズもワトスンも実在の人物であり、『シャーロック・ホームズの冒険』はホームズの相棒が残した実際の事件の記録をホームズと共に暮らすアイリス・ワトソンが小説として再構成したもの、という設定になっている。『バスカヴィル家の犬』もこの設定に当てはまるが、原稿を読んだホームズによって世間への公表は行われずに未発表作品として封印されていた。続編の『大逆転裁判2』では封印の理由と元になった事件の詳細が描かれている。

脚注



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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